防衛大学校 等松教授の論考
2023年6月30日に防衛大学校の等松春夫教授が発表した論考が話題になっています。
論考は防衛大学校における教育に警鐘を鳴らすもので、特に自衛官教官の資質について厳しく指摘されています。
自衛官教官の人々は、はたして研究者、教育者としての資質と適性を有しているのでしょうか。
ごくごく一部には、います。
修士号や博士号を持ち、立派な研究書や専門論文を発表し、学生教育への熱意にあふれた数名の人々を、筆者は存じ上げています。
けれども、大多数の自衛官教官は、とてもその任には堪えられない人々です。
修士号はおろか、まともな卒業論文さえ書いたことのない者までいます。
この結果、教育対象である防衛大学校学生の質の低下が起こっているというのです。
幹部自衛官の学位保有状況
自衛官の学位保有状況が低水準に留まっていることについては、平成19年6月に防衛省がまとめた「防衛力の人的側面についての抜本的改革報告書」でも明らかにされています。
同報告書によると、幹部自衛官における修士以上の学位保有者は、全体の数%であるのに対し、諸外国の士官については、全体の半数近くに達するとの問題認識を示すとともに、自衛官の専門知識を向上させる機会の増加を提言しています。
しかし、同報告書から15年経ても本問題は解決されていません。
等松教授は今般の論考に関するインタビューに対し、次のように述べています。
自衛官教官には厳格な資格審査がありません。
自衛隊で1佐以上の階級なら自動的に「教授」。
2佐、3佐なら「准教授」の地位が与えられてしまうのです。
修士号や博士号を取得していない人も少なくありません。
本来、異なる資格であるはずの「学位」と「階級」。
自衛隊では階級があれば専門分野にも精通していると評価されるのでしょうか。
そうであれば、学位保有状況が低水準のまま推移していることも頷けます。
米軍幹部の学位保有状況
同盟国である米軍幹部の学位保有状況はどの程度なのでしょうか。
米海兵隊の将軍の修士以上の学位取得状況は、サンプルとした91名中83名の将軍が修士号を取得し、そのうち62名が2つ以上の修士号を取得している。
諏訪猛「米軍における高等教育制度と軍教育施策」(2015年3月)
自衛隊の将官の修士号取得状況は前述の報告書のとおり数%であり、米海兵隊の将軍の91.2%が修士号を取得している状況と比較すれば、その差は極めて大きいことが分かります。
逆説的に、自衛隊の階級の最上位である将官に出世するためには、保有学位のレベルは無関係であることも数値から推測できます。
これでは、等松教授の論考のように防衛大学校の学生が学問を疎かにする傾向があるのも仕方ありません。
教場における学問よりも、学生寮や部活動の集団生活における処世術の方が重視されているとの論考を否定することは困難です。
指揮官たる幹部自衛官の高位学位保有は時代の要請
先日策定された令和五年版防衛白書では、サイバー領域の対処能力強化等、任務の高度専門化への対応が喫緊の課題とされています。
このため、「優秀な人材を安定的に確保すべく募集活動に取り組む」「民間人材の活用を図るため中途採用も強化」「予備自衛官などに関しても、専門的な技能を持つ人材の活用などに取り組む」といった自衛隊の人的基盤の強化が記載されています。
しかし、これらは全て「隊員」の高度専門化の施策であって、「指揮官」に関する施策は見当たりません。
集めた高度専門人材を指揮する幹部自衛官の学位保有が低調なままでは困ります。
指揮官が高度専門人材たる部下隊員に対し、「何を言っているのかわからん。俺にわかるように話せ」などと自らの不勉強を棚に上げて、部下のコミュニケーション能力を指導しているなどという錯覚に陥っては、失望した部下隊員は高度専門人材であるがゆえに早々に転職するでしょう。
指揮官の学識レベルが隊員の能力発揮の阻害要因となるならば、隊員に高度専門人材を集める意味は無いですね。
日本の貴重なIT人材は他で活躍させた方が、経済・科学技術・教育等の国益に役立ちますし、間接的に国防にも貢献してくれるのです。
任務の高度専門化を受けて、隊員の学歴・資格も高度化することが時代の流れです。
隊員を指揮や教育する地位にあることの説得力として専門分野の能力・業績を示す称号である学位を保有することは、指揮官としての任務遂行上も時代の要請となることでしょう。