装備品開発

10式戦車のIT機能|過酷な通信環境で使用される戦うコンピュータ

2024年2月16日

10式戦車のIT機能|過酷な通信環境で使用される戦うコンピュータ

10式戦車ネットワーク

10式戦車は、戦車同士のデータリンク、通称「10式戦車ネットワーク」を有しています。

10式戦車ネットワークは、これまで音声通信や手信号等で行ってきた戦車部隊の指揮統制に、IT革命の恩恵をもたらしました。

開発当時、10式戦車ネットワークは、メディアで取り上げられることも少なく、ミリタリー系の雑誌でも目にすることはほとんどありませんでした。

メディアの関心は、モジュール型装甲や走行間移動目標射撃とか、見栄えのする機能・性能に向けられていました。

ネットワークは目に見えないですから、TV映えもしませんし、当然ですね。

それが今ではWikipediaでも言及されているのを知り、時代の流れを感じる次第です。

防衛省共通運用基盤(COE)

10式戦車の開発が始まった平成14年、コンピュータ・システムに関する「防衛省共通運用基盤(COE)」が、陸海空自衛隊の中央系システムに逐次適用されていました。

中央系システムは、COEのアーキテクチャで標準化が進んでいたのです。

一方、海空自衛隊は、第一線の艦艇や航空機に対しては、米軍のデータリンク(LINK11、16)を適用していました。

つまり、運用や通信伝送路等の特性に応じて、中央と第一線を区分していたのです。

しかし、陸上自衛隊は野外系システム(無線・移動通信)にも、中央系システム(有線・固定通信)の設計で作られたCOEを適用して、中央から第一線までシステム標準化を図る方向にありました。

したがって、第一線の指揮統制に最適化(”中央”では無く”現場”の特性に応じた設計)した10式戦車ネットワークは、当時異色の存在だったでしょう。

基幹連隊指揮統制システム

面白いことに、陸上自衛隊の野外系システムの歴史を調べてみると、「基幹連隊指揮統制システム(戦車用)」というのがあります。

これが10式戦車ネットワークのことかな?と思ったら違いました。

基幹連隊指揮統制システムという歩兵部隊用のシステムが別にあって、それの戦車用とのこと。

しかしなぜ、10式戦車ネットワークだけが残って、基幹連隊指揮統制システム(戦車用)は消えたのか。

基幹連隊指揮統制システムは開発完了したものの、データ通信が遅い、届かない等の使い勝手の悪さから、平成22年に取得中止となっていました。

基幹連隊指揮統制システム(戦車用)に関する資料は見当たりませんでしたが、歩兵用で使えなかったものが戦車用で使えるはずが無いですね。

歩行者が使うスマホなら経路案内が多少遅くても我慢できますが、自動車が使うカーナビならリアルタイムに更新してくれないと役に立たない、というか危ないです。

データ通信とBER(Bit Error Rate)

中央系システムは有線・固定通信(光ファイバーなど)であるため、データ伝送中のエラーが少ないです。

このエラーの比率を、BER(Bit Error Rate)といいます。

BERが大きいと、正しいデータが届くまで何度も再送が必要となります。

当然、データサイズが大きいほど伝送中にエラーが発生する可能性が高くなるため、BERを小さくする必要があります。

基幹連隊指揮統制システムが、なぜ「データ通信が遅い、届かない」になったかというと、「陸自指揮システムのアーキテクチャでシステム標準化しなさい」という運用的な要求と「無線・移動通信ではBERが大きくなる」という技術的な制約の板挟みになり、運用の声の大きさに技術が負けた結果、戦車が使用される環境では有り得ないような、小さめのBERを設計条件として開発されたのです。

海上や空といった、電波伝搬が均質な空間(電波を遮るものが無い)においては、ある程度小さめのBERを設定しても問題ありません。

しかし、歩兵部隊が使用する基幹連隊指揮統制システムにとって、小さめのBER設定は、いささか楽観的でした。

「陸自指揮システムのアーキテクチャでシステム標準化しなさい」という声を優先するとなれば、楽観的というか、希望的なBER設定にせざるを得なかったのでしょう。

これ以上厳しめの設計条件にすれば、システムのデータサイズやプロトコルを始め、機能・性能を抜本的に変更しなければならないですから。

しかし、技術を軽視して、べき論を重視した代償は高くつきました。

楽観的なBER条件で設計されたシステムは、データの再送要求を延々と繰り返して届かないという、ある意味技術的に正しい試験結果に帰結し、取得停止の判断に至ったのです。

10式戦車ネットワークは、無線・移動通信であっても「確実に」「リアルタイムで」データ伝送をしなければ、戦車部隊の役には立たないですから、確実に通じるため大きめのBER設定(過酷な通信環境を設計条件とすること)となります。

データサイズも極限まで小さくしなければ、リアルタイムは達成できません。

すごく難しい設計だったでしょうが、基幹連隊指揮統制システムと異なり「中央系システムに合わせるという方法でのシステム標準化」からは自由であったことが、開発の成否を分けたのでしょう。

有線通信と無線通信

中央系システムと野外系システムでは設計が技術的にどう違うのか。

例えばデータの送り方。

中央系システムの設計では、データの送り方をユニキャスト、マルチキャストと積み上げていきます。

野外系システムでは、無線を使うので何もせずとも本質的にブロードキャストあるため、データにIPアドレスなどは必要無く、端末側の表示/非表示を制御するだけです。

グルーピングは、データヘッダで規定せずとも、周波数設定で自ずと決まります。

これだけでも、データサイズが数桁違ってくるのです。

無線通信の確実性・リアルタイム性に及ぼす影響は死活的です。

もちろん、有線通信の場合は気にもならないところです。

クライアント・サーバモデルとP2P(Peer to Peer)モデル

そしてシステムの形態。

中央系システムはクライアント・サーバモデルです。

ごく一般的なので、説明は割愛します。

しかし野外系システム、特に10戦車ネットワークのようなシステムにクライアント・サーバモデルを適用すると、戦車はサーバとの通信が可能な範囲でしか行動できなくなります。

仮に、サーバを戦車内に搭載したとしても、サーバ搭載戦車の位置がクライアント戦車の行動範囲の制約になるとともに、サーバへの通信が集中するシステム形態で無線でのリアルタイム性を達成できるのか、そもそもサーバ搭載戦車が撃破されたらどうするのかなど、10式戦車ネットワークの存在意義に関わる問題が生起するのです。

したがって、野外系システムには、現場隊員同士が直接通信するP2P(Peer to Peer)モデルが適しているのです。

米陸軍もBERを考慮した可変長メッセージフォーマット(VMF)を採用

米海軍はMシリーズメッセージ、米空軍はJシリーズメッセージ、米陸軍及び海兵隊はKシリーズメッセージ(BERを考慮した可変長メッセージフォーマット(VMF))、そして中央系システムはUSMTFを使用しており、相互にデータ項目・定義の互換性を確保しています。

メッセージフォーマットの互換性さえ管理していれば、あとはそれぞれの現場部隊ごとにシステムを開発しても何の問題もないわけです。

事実、韓国も米陸軍と連携する観点から、VMFに韓国軍独自のデータ項目を追加したKVMFを採用しています。

10式戦車の後継開発においては、VMFに日本独自のデータ項目を追加した「VMF-J」を設計して、日本と同盟国間のデータ通信がより円滑になることを期待します。

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